お正月遊びおススメ9選!羽子板、福笑いなどの由来や遊び方

お正月

お正月は実家に帰って凧あげや福笑い、すごろくなど家族みんなでお正月遊びを楽しんだことがある方も多いはず。でもお正月遊びをしたことがあっても、どんな意味があってなぜお正月に遊ぶのか知らないこともあると思うので、解説していきますね。

お正月遊びはどんなものがあるの?

羽子板(羽根つき)

羽子板(羽根つき)には羽根をつくことで「邪気をはね(羽根)除ける」と言う意味があったと言われています。羽子板(羽根つき)の板の形が縁起の良い「末広がり」なのも、「その年の末(先)が広がって(発展して)いきますように」と言う願いが込められているそうです。また羽子板と羽根が「女の子のお守り」の意味を持っていて、年のはじめであるお正月に無病息災を願って羽根つき遊びをしていたと言われています。

福笑い

福笑いをするようになった起源は江戸時代の後期に誕生し、明治時代頃に普及したのではないかと言われています。できあがった面白い顔を見てみんなで笑い合うことから、「笑う門には福来る」ということわざがあるように、新年の幸せを願う意味を込めてお正月に遊ぶようになったと言われています。

独楽

独楽がお正月の遊びとして定着した理由は、独楽はまっすぐに芯が通っていて回転しています。その姿が、「物事が円滑に回る」や「お金が回る」という考えに通じていることから、とても縁起がいい遊びとしてお正月に遊ばれるようになっていったようです。

また、独楽同士をぶつけてはじき出す遊び方や、まわっている時間を競う遊び方から、男の子に強くたくましく成長してほしいという願いも込められている遊びなので、1年の始まりであるお正月に縁起がいい遊びの独楽をして男の子の健やかな成長を願っていました。

凧あげ

日本では平安時代に凧の起源中国から伝わってきたとされています。また昔は立春が新年の始まりとされていて「立春の期に空に向くは養生の一つ」ということわざがあり、立春に空を見上げるのは健康にいいという意味から、新年であるお正月に凧あげをして健康を祈るようになりました。

他にも、男の子が生まれた最初の年に無事元気に成長することを願って凧揚げをしていたことが、お正月に凧あげをするようになった節や、陰陽五行説の考え方からお正月に凧あげをするようになった説もあります。

双六(すごろく)

古代エジプトもしくはローマ帝国で「盤双六(ばんすごろく)」と言われる双六があり、それが中国に伝わったのち日本に7世紀ごろに伝わったとされています。その後双六は賭け事に使われるようになったため江戸時代に禁止令がたびたび出され廃止されていきました。

廃止後、日本独自の「絵双六(えすごろく)」と呼ばれる双六が作られ、旅の道順道理に進んでいく「道中双六(どうちゅうすごろく)」が庶民の間で広まっていきました。戦後双六は無くなっていったとされていますが、現在では人生ゲームや桃太郎電鉄などがあり、これらは道中双六の進化版と言えます。

江戸時代の絵双六には、極楽浄土への道筋や出世していく様子を表したものがあり、それで勝敗をつけることでその年の運だめしをしていたことから、お正月に双六をしてその年の運試しをするようになっていったようです。

めんこ

めんこの始まりは江戸時代に粘土で人の顔をかたどった「泥めんこ」が作られたのが始まりとされています。泥めんこは厚さが5ミリ、直径が20ミリの円形をしていて、どちらかが割れるまで打ちつけたりおはじきみたいにぶつけて遊ぶもので、魔除けの意味もあったそうです。

明治時代に入ると鉛のめんこが出来て、大正時代になると今も使われている紙製のめんこが主流になっていきました。めんこの形も丸いものや四角いものがあり、当時流行ったキャラクターや、有名な選手の写真が印刷されていたため、男の子に人気があったようです。

めんこがお正月遊びとして定着した理由は不明ですが、魔除けの意味があることと、子供に人気がありみんなで楽しめる遊びなので、お正月の遊びとして定着したんじゃないでしょうか。

お手玉

お手玉のルーツはギリシャの羊の骨だそうです。それが中国に伝わり、中国では16個の水晶を使って遊ぶ石取手玉になりました。それが奈良時代に伝わってきました。平安時代には石を使って遊んでいましたが、それが徐々に変化して袋の中に小豆や大豆を入れたもので遊ぶようになっていき、現在のお手玉になったそうです。

お手玉は手先を使う事から、脳が刺激されて集中力が増します。年初めのお正月にお手玉をすることで、新年から脳をすっきりさせいいスタートを切れるようにという事から、お正月の遊びとして定着したんではないでしょうか。

かるた・百人一首

もともとかるたはポルトガル語が語源です。日本では平安時代に「貝合わせ」がルーツと言われています。百人一首を読む「百人一首かるた」や、いろは歌を読む「いろはかるた」があります。

いろはかるたは江戸時代後期に考案された遊びで、子供が遊びながら字やことわざを覚えられるように、札には「花より団子」のようなことわざが使われています。また、江戸と京都ではいろはかるたの内容が異なっていて、京都のかるたを「京いろはかるた」、江戸のかるたを「江戸いろはかるた」と呼び、江戸では「花より団子」でも京都では「針の穴から天のぞく」となったりしています。興味のある方は一度比べてみるのもいいかもしれませんね。

一方百人一首かるたは、平安時代に作られた和歌集を、鎌倉時代に京都の小倉山に住んでいた藤原定家が作った「小倉百人一首」が用いられていて、最初は宮中の遊びでしたが木版画の技術が進歩したことで庶民の間でも広まって、お正月の定番の遊びとして定着したようです。

けん玉

けん玉は世界各地にあったため正確な起源はわからないようですが、一番古い記録で確認できるのは16世紀のフランスで国王アンリ3世のころに、子供たちがけん玉で遊んでいるのを見て、王様もけん玉で遊んでいたという記録が残っているそうです。フランス語でビル・ボケと言い、貴族が使っていたものは象牙を使って作られており、彫刻が施され高価なものだったそうです。世界各地にあるけん玉はこのビル・ボケが伝わって出来たと言われています。

日本には江戸時代に伝わり、開港地であった長崎から全国に広まったとされています。その後広島県呉市の「江草濱次(えぐさはまじ)」という人が、日月(にちげつ)ボールというものを考案したのが、現在のけん玉です。明治時代になると文化省が児童教育解説書でけん玉を紹介したことから、子供の遊びとして広まっていきました。子供に人気の遊びなので、お正月の遊びとして定着していったのかもしれませんね。

いかがでしたか?遊んだことはあっても意外と知らないことがあったんではないでしょうか?

お正月はここで紹介した遊びで良い一年になるよう家族みんなで楽しく遊びましょう♪

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