元プロ野球選手後藤将和はどんな人物?ダイエー時代やその後、プロフィールを調査!

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部員が0の熊本県立岱志高校の野球部監督に就任したことで話題となっている後藤将和さん(54)。

一体どんな人物なんでしょうか?気になったのでプロフィールや、出身高校・大学など調べてみました。

後藤将和さんのプロフィール

後藤将和さんのダイエー時代(1989年)のプロフィールは

  • 生年月日: 1968年6月15日
  • 出身地: 福岡県久留米市
  • 身長: 167㎝
  • 体重: 不明
  • 特技: 足が速い(100m11秒5)
  • 背番号: 99番
  • ポジション: 外野手
  • 投打: 右投右打
  • 学歴: 北野中学校→西日本短大付属高校→亜細亜大学

となっています。

ちなみに西日本短大付属高の3年生の時、1986年夏の甲子園に出場されています

ダイエー時代

ダイエーにはドラフト外で入団されています。

ただプロ野球選手時代は1年間で、1軍の公式戦出場はないまま翌年の秋に球団を離れています。

ダイエー時代のその後

野球選手を引退後は、人材派遣会社を経営されています。野球とは接点のない職業を選ばれたんですね。

そんな野球から離れていた後藤将和さん。ではいつごろから指導者の道へ進もうと思われたのでしょうか?

野球の指導者の道へ

人材派遣会社を経営していた2002年頃の事、後藤将和さんには小学生の長男と次男がいらっしゃるんですが、2人のお子さんが所属する地元の軟式野球チームのコーチを、知人に頼まれたのがきっかけだったそうです。

元プロ野球選手という肩書きはやはり大きかったんでしょうね。

その後2007年に福岡県大刀洗町で中学硬式野球チーム「球道ベースボールクラブ」を設立されます。

2013年には全日本中学野球選手権大会「ジャイアンツカップ」に出場し、ベスト16入りさせています。

設立わずか5年で全国で戦えるレベルまでもっていくなんてすごいですよね!

なぜ部員が0の高校野球部監督に?

では後藤将和さんはなぜ部員が0の熊本県立岱志高校の野球部監督に就任されたのでしょうか?

きっかけは岱志高校野球部OBの依頼から

岱志高校野球部は2015年に荒尾高校と南関高校が統合して開校した高校で、生徒数は91人と定員の約2割程度だそうです。

2017年以降は部員が少ない学校同士の連合チームでの出場で、2022年夏の県大会も2回戦で敗退し、さらに唯一の部員だった3年生1人が引退して、野球部としての活動が難しくなっていったそうです。

そんな母校の状況を見た卒業生が

「このままでは廃校になる。野球部を軸に学校を盛り上げたい」

                            ❝毎日新聞❝

と思い立って後藤将和さんに依頼したようです。

後藤将和さんさんはこれまで福岡県や佐賀県の強豪校からも監督のオファーを受けたことがあったようですが、

「自ら作ったチームの子どもたちと野球がしたい」

                            ❝毎日新聞❝

と断っていたそうです。

ではなぜ今回のオファーは受けたんでしょうか?

球児たちに見せたい景色がある

後藤将和さんは1986年夏の甲子園に西日本短大付属高の3年生の時に出場されています

この時後藤将和さんは1回戦で先発出場されていますが、8回の守備で二塁手と衝突してしまい腰を骨折する大けがで退場してしまっているんです

チームも敗れ、甲子園の土さえ持ち変えることが出来なかったそうです。

後藤将和さんにとって甲子園は、苦い記憶が残る場所なのではないでしょうか?

それでも後藤将和さんは

「アルプススタンドだけでなく、外野席も卒業生や学校関係者などで満席になり、学校が一つになって声援を送ってくれた甲子園の光景が忘れられない。野球を通じて生徒と成長し、夢の舞台を岱志高の関係者で満員にできれば」

                            ❝毎日新聞❝

と答えています。

高校球児にとって甲子園という場所は、どんなことがあっても特別な場所なんでしょうね。

ちなみに目標は「数年以内の甲子園出場」を掲げているそうです。

今後の岱志高校野球部の活躍が楽しみですね。ぜひ頑張ってほしいと思います!

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